2018.11.01

ミニマリストへの一歩。モノと自分の価値の関係性を知る

こんにちは
町の引越屋さんです。
 
ミニマリスト(最低限主義)を表面的にみると、「モノを持っていない人」としかうつらないかもしれません。
 
ですが、ミニマリストの人は充実した生活を送っているケースがとても多いのです。
 
逆にモノをたくさん持っていて便利な生活をしていても、幸せを感じていない人もいます。
 
そういう人は「自分の価値」と「モノ」の関係性がこじれているのかもしれません。
 
今回は、モノと自分の価値の関係性についてまとめました。
 

「自分の価値」をモノで伝える人たち

ミニマリスト
 
モノはむやみやたらと手放してしまえば良いものではありません。
 
人は道具を使うことで文明を発達させ、生活を豊かにしてきました。
 
ミニマリストとは、必要最低限までモノを減らしている人ですが、その量に明確な決まりはありません。
 
言い換えると、必要最低限は手元に残し、それ以外をきっぱりと手放して暮らす生き方です。
 
必要以上にモノを持つとその機能を使いこなしたり、管理するための時間やエネルギーが必要になるので、モノを持ちすぎない生活をすると結果的に、時間にゆとりをうみ、意欲をわかせやすい環境作りにもつながります。
 
そう頭ではわかっていても、中々モノを捨てられないのはなぜでしょうか。
 
人が行動するには、必ず理由や目的があり、必要以上にモノを持ってしまうことや捨てられないのも、何か目的があります。
 
その理由の一つが、「自分の価値」をモノを通して世の中に伝えたり、アピールしようとする心理が働いているケースです。
 

人は自分の価値を感じていたい

ミニマリスト
 
例えば、高価なモノを持っていることを「すごいでしょ」という風にアピールするのも「モノで自分の価値を測る」行動の一つですね。
 
どうしてそういうことがしたくなるのか?
 
それは、人は「自分には価値がある」と実感していることが、生きていく上で必要な生き物だから。
 
自分の価値を確かめたいという欲求は、三大欲求(食欲・性欲・睡眠欲)に次ぐほど強い欲求で、誰しもが持っている気持ちです。
 
「自分の価値は自分で決める」「自分のことを認め、承認する(自己承認)」ということがしっかりとできている人でも、「他人から認められたい」という欲求はあるし、自分のことを認められない人であれば尚更、人に認められることで自分の価値を実感しようとします。
 
「自分なんて・・・」と自分を卑下しながら、心の何処かで「そんなことない、あなたは素敵な人だ(価値のある人だ)」と言われるのを待っていたり、自分の価値を認めてくれない(=悪)と、罵ったり犯罪や反乱を起こしたりなど。
 
自分の価値の証明は、時には犯罪行動を引き起こすキッカケになるほど、人間にとって大切な問題です。
 
そして、モノを通して「すごい」「いいね」と人から関心や注目を得ることは「自分には価値がある」と実感しやすい方法の一つなのです。
 

社会で生きるために価値が大事

 
人は社会を形成して群れで生活していますが、その群れの中で生きていくためには「価値」が必要です。
 
なので安心感を感じるためには「自分には価値がある」と思っていることが大事で、実感できないと精神病や自殺にも繋がります。
 
それなら「誰とも関わらずに一人で生きていけば良いのでは?」と思うかもしれませんが、人は群れから離れてしまうと「孤独」を感じるようにできています。
 
本能に「生き延びるためには群れでいなければいけない」とインプットされているので、社会や人とのつながりを断とうとすると「孤独」という感情で警告を出し、どうにか群れの中に自分自身を戻そうとするのです。
 

自分の価値をどうやって伝えるのか

ミニマリスト
 
「自分の価値」を実感する方法や「価値の種類」には色々ありますよね。
 
例えば、外見の価値(かっこいい、かわいい、スタイルがいい、筋肉ムキムキなど)。
 
「綺麗に化粧をして美しくいたい」と思う感情の裏には、「綺麗にしている方が気分がいいから」「化粧が好きだから」など色々な気持ちがあると思いますが、少なからず「綺麗な方が価値がある」という思考があります。
 
内面の価値(優しい、面白い、真面目、思いやりがあるなど)は限界がなく磨けば磨くほど輝き、年を重ねるごとに成熟していけますが、外からは見えずらく、伝わりにくかったり、関わった受け手の感じ方に左右される可能性もあります。
 
そこで、ぱっと見でわかりやすい「外見の価値」を一生懸命に磨き、もっと手っ取り早くモノで自分の価値をアピールしようといった行動にうつる人が出てくるわけです。
 
注*外見やモノ=悪、内面=善ではないです。バランスが大事なのです。
 

内面をモノで表す

 
外見ばかり磨いて中身のない人、外見は不潔だけど素晴らしい人格者、これはすごくアンバランスですよね。
 
大切なのは、自分の軸を持ち、「セルフプロデュース」すること。
 
モノや人の評価ばかりに気をとられてしまわず、だけど自分が魅せたいようにモノも人の視線も取り入れていくこと。
 
そうすればむやみやたらに着飾ったり、モノを増やす必要はありません。
 
セールスマンで例えると、ピシッとしたスーツに、整えられた髪、ピカピカに磨かれた靴を身にまとい清潔な印象に自分を魅せている人と、無精髭で頭はボサボサ、靴も擦り切れてくたびれている人だったら、前者のセールスマンの方が好印象ですよね。
 
セールスマンは人に会う仕事なので、清潔感や身なりを整えることはとても大事。
 
だけど、身につけるものが高価だったら良いというわけでもないし、高価なものをつけている=自分の価値が上がる、仕事ができるというわけではないですよね。
 
あくまで、モノは自分の内面を「表現」するものという認識を忘れないようにしましょう。
 

自分=モノになってしまう弊害

 
モノに自分の軸がもっていかれると、モノが増えすぎたり、何を持っても満たされないといった弊害が生まれます。
 
モノが増えれば増えるほど、高価になればなるほど自分の価値も高まるという錯覚が生まれるからです。
 
そうするとモノは自分を表現するための手段ではなく、モノ=自分の価値=自分自身という位置付けになってしまいます。
 
そして膨大に増えていくモノの管理やアピールに時間とエネルギーをつぎ込むようになるのです。
 

まとめ→自分を豊かにしないモノは手放そう

 
人は社会を形成し、群れで暮らす生き物。
 
なので、その集団にいるために「自分の価値」を実感しようとします。
 
自分の価値の確認は、精神病になったり自殺につながることもある強い欲求。
 
価値は外見と内面があり、内面は伝わりにくい・時間がかかるので、パッと見てわかりやすい外見の価値に重きをおく人も多い。
 
ただ、モノをうまく使って内面を表現して第三者に伝えることもできるので、モノは付き合い方が非常に大事。
 
モノは手軽で便利なので頼りすぎると、モノ=自分の価値=自分自身と置き換わってしまい、たくさん持つことや高価なものを買うと自分の価値も高まっていくような錯覚を感じてしまう。
 
そうなるとモノに軸が奪われてしまい、モノの管理に時間やエネルギーを浪費していくことになります。
 
つまり、そういうモノは「自分自身を損なうモノ」なのです。
 
豊かな生活をするには、身の回りにある「自分を損なうモノ」を見つけ、捨ててしまうことが大事。
 
確かにモノは便利ですが、持っているから不便になってしまうケースもあるのです。
 
最初は捨てづらいかもしれませんが、思い切って手放してみるととてもスッキリしますよ。



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